IT企業の契約書には印紙が不要?
私が顧問先からよく受ける相談の中に、「この契約書は印紙が必要ですか?いくらの印紙が必要ですか?」というものがあります。
印紙は、印紙「税」法の問題なので、税理士に相談すべきテーマのように思えますが、意外なことに印紙税法は、税理士法で定められた税務業務の範囲外であるため、税理士としても対応(したくても)できないのですね。
契約書に印紙を貼らないといけない、と多くの企業の皆さんが思っていることですが、それは必ずしも正しくありません。
そもそも、「契約書」というタイトルで、契約書の体裁になった文書ではなく、注文書や申込書、それどころか、依頼内容を記載したメールを印刷した紙であっても、ある「目的」のために作成(印刷)されたのであれば、印紙税法上の、印紙を貼るべき契約書に該当します。
それは、「契約の成立等を証明すること」を目的とした書面です。
「なんてことだ!これまで注文書なんかには、印紙を貼っていなかった!」と慌てるのは、まだ早いです。
法律上、単に「申込」が行われただけでは、契約が成立したとはいえません。
あくまでも、「申込」に対する「承諾」があって、初めて契約が成立したといえます。
そして、上にも書いたとおり、「契約の成立等を証明すること」を目的として作成した書面が、印紙を貼るべき契約書です。
となると、注文書や申込書は、基本的には、「申込の事実を証明すること」を目的として作成されたに過ぎず、「契約の成立等を証明すること」までは、目的としていません。というわけで、印紙税法上の契約書には該当しないのですね。
なんだか、分かったような分からないような説明かと思いますが、下記の国税庁のサイトにも、この点は解説されているので、参照してみてください(私の説明よりも、さらに分かりにくいですが…)。
https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/inshi/02/04.htm
では、「契約の成立等を証明すること」を目的として作成されたものは、全て印紙を貼らないといけないのでしょうか?
いえ、そんなことはありません。
あくまでも、印紙税法で定められた、一定の種類の契約書が、印紙を貼らないといけない「課税文書」に該当します。
そして、実は、IT企業が取り交わす多くの契約書は、この「課税文書」に該当しないのです!
では、どんな種類の契約書が課税文書に該当して、どんな種類の契約書が該当しないのでしょうか?
課税文書に該当する契約書の種類は、国税庁のサイトで紹介されています。
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/inshi/pdf/zeigaku_ichiran.pdf
この内、IT企業が取り交わすことの多い契約は、以下のとおりです。
・無体財産権の譲渡に関する契約書(1号の1文書)
・請負に関する契約書(2号文書)
・継続的取引の基本となる契約書(7号文書)
1号の1文書の典型例は、ソフトウェアやイラスト、ドキュメントなどの、著作物の譲渡に関する契約書ですね。
「無体財産権」とは、著作権などをいいます。
2号文書の典型例は、ソフトウェア開発委託契約書ですね。
ソフトウェアの開発契約というのは、基本的に、請負契約(仕事の完成に対して対価を支払う契約)に該当します。
7号文書の典型例は、ソフトウェア開発委託基本契約書ですね。
ソフトウェア開発の契約で、基本契約書とは別に、個別契約書も取り交わす場合、基本契約書は7号文書に該当し、個別契約書は2号文書に該当し、それぞれに印紙を貼る必要があります。
・・・この説明を聞いて、「あれ、うちが普段取り交わしている契約書が入っていないな?」と思った方はいますか?
そうなんです。実は、上に挙げたもの以外で、IT企業が取り交わす契約書は、その多くが、課税文書に該当しないのです。
まず、ASPサービスの利用契約書(利用規約、利用約款、名称は色々ありますが、どれも同じです)は、課税文書に該当しません。
なぜかというと、ASPサービス利用契約は、基本的に、「準委任契約」という種類の契約だからです。
準委任契約とは、「仕事の実施を目的とする契約」です。
「仕事の完成を目的とする契約」である請負契約とは、別の種類の契約です。
ASPサービス利用契約の場合は、「ASPサービスを運営してユーザーに利用させること」が目的なので、基本的には、準委任契約になるのです。
これに対して、ソフトウェア開発委託契約の場合は、「ソフトウェアを完成させること」が目的なので、請負契約になり、上記の2号文書に該当します。
この話をすると、「でも、継続的取引の基本となる契約書(7号文書)に該当するのでは?」と質問される方もいます。
ですが、印紙税法は、7号文書の内、令26条1号の5要件を満たす契約書を、課税文書としています。
そして、準委任契約は、この5要件を満たしません。
そのため、準委任契約は、7号文書にも該当しないのです。
また、ホスティングサービスの契約書も、基本的には、課税文書に該当しません。
理由は、もうお分かりですよね。
「ホスティングサービスを提供すること」が目的の、準委任契約だからです。
同じ理由から、SEO等のコンサルティングサービスの契約書も、基本的には、課税文書に該当しません。
成果保証型(検索エンジン*位に到達するという仕事の完成が目的)でもない限り、コンサルティングを実施することが目的な、準委任契約だからです。
それでは、IDCを利用させるハウジングサービスの契約書は、どうでしょうか。
これはちょっと複雑ですが、結論としては、課税文書に該当しません。
ハウジング契約の具体的内容は、IDCを利用(ラック使用、電源使用、設備使用等)させるという業務を行うことです。
この業務は、まず、場所や機器を貸すという点で、建物や機器(動産)の賃貸借契約の側面があり、環境を提供する業務を行うという点で、準委任契約の側面があります。
この点、印紙税法は、課税文書として、土地の賃貸借契約書(1号文書)を挙げていますが、建物や動産の賃貸借契約書は、挙げていません。
また、賃貸借契約書は、令26条1号の5要件を満たさないので、7号文書にも該当しません。
したがって、賃貸借と準委任の混合契約であるハウジングサービスの契約書は、課税文書に該当しないのです。
さらに、ソフトウェアのライセンス契約書は、課税文書に該当しません。
ソフトウェアのライセンスは、基本的に、著作権の「利用許諾」を意味します。
そして、著作権のような無体財産権に関して、印紙税法は、課税文書として、無体財産権の「譲渡」に関する契約書(1号の1文書)しか挙げていません。
したがって、著作権の「利用許諾」であるソフトウェアのライセンス契約書は、課税文書に該当しないのです。
また、ソフトウェアの保守契約書も、課税文書に該当しないことが多いです。
例えば、バージョンアップ情報やエラーレポートの提供、使用に関する問合せへの回答、技術的な指導の実施などは、仕事の実施を目的とした準委任契約になるので、課税文書に該当しません。サポートの要素が強い契約の場合ですね。
ですが、プログラムの瑕疵の修正を保証する(努力義務ではない)場合や、追加機能の開発を行う場合は、仕事の完成を目的とした請負契約になるので、基本契約書であれば7号文書、単発の契約書であれば2号文書に該当することになります。
この点、国税庁のサイトでは、ソフトウェアの保守契約書については言及がありませんが、エレベーターの保守契約書については、言及があります。
https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/inshi/12/23.htm
上記ページによると、エレベーターの保守契約書は、「常に安全に運転できるような状態に保つ」という仕事の完成を目的とした請負契約になるので、課税文書に該当する、とのことです。
というわけで、自社が取り交わす保守契約書の内容が、請負契約なのか、それとも準委任契約なのか、慎重に検討するようにしてください。
印紙税の話は、意外に奥深いことが、分かりましたでしょうか。
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